おしゃべりな女と無□な男

2011.06.16

喫茶店にあらわれたフィアンセはごく普通の人だった。しかし、そんなはずがない。普通の人が、彼女を選ぶはずがない。私は観察を続けた。その傍らで、彼女はいつものようにしゃべりつづける。彼とどこで出会い、どうやってつきあうようになったのか、彼が彼女にこれまでどんなにやさしくしてくれたか、そして、彼女の家族が彼をとても気に入っていること等々、いつもの洪水状態で話している。彼はといえば、ニコニコ笑いながら、ただ聞いているだけだ。何もしゃべらず、合の手も入れず、しゃべる彼女の傍らに座っている。それなのに、酸欠状態に苦しんでもいないし、うんざりしている様子もない。これはすごいと、私は思った。いつにも増してすごい勢いのおしゃべりに乱されないでいるなんて。どうやったらそんなことができるんだろう。私はびっくりしてしまった。それから数力月後、彼らは結婚した。さすがの彼女も結婚式ではしゃべらず、その代わりに大粒の涙を流しつづけたのであった。しばらくして、彼ともフランクに話せるようになった私は、思い切って尋ねてみた。「ねえ、奥さん、結婚してからもやっぱりおしゃべり?」彼は初対面のときと同じく、ニコニコ顔で、「ええ、結婚してからのほうがおしゃべりですよ。会社から帰ってくると、ボクが寝るまでずっとしゃべってます」と、言うのである。や、やっぱり。思った通りだ。「あのね、前から一度うかがってみたかったんだけどね、そういうのって、くたびれない?ほら、世の亭主族は奥さんの話を聞くの、いやがるっていうじゃない?」私はとうとう聞きたくてたまらなかった質問をしてしまった。すると、彼はこう答えたのだ。「大丈夫ですよ。ボク、聞いてませんから。ほとんどバックグラウンドミュージックと化してますから。だいたい、ボク、自分が話すの嫌いだから、おしゃべりな女が好きなんですよ」「あ、そう。じゃあ、理想的な奥さんつてことになりますね」うなりつつ私がそう言うと、「ええ、まあ、相性がよかったんでしょうね。でももし、彼女が相手に聞いてることを要求するおしゃべりだと、ボクもまいっちゃってると思いますけどね。ほら、彼女って、しゃべるのが好きなだけで、相手のことなんかおかまいなしでしょ。それがボクにはピッタリなんですよ」「はあ」驚く私に、隣りでケーキをほおばっていて、その日、めずらしくおとなしかった彼女が言った。「あんた、今日、ようしゃべるね。Aさん相手だと、話がはずむんだね」そして、その後、彼女はいつものようになったのである。

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